2012年3月19日月曜日

ボート

僕は二人乗りの小さいボートに一人で座っている。

世界は静かで、ごくたまに穏やかな風が吹くと少しだけ水面が揺れる。

あたりを見回すと360度、すべてに陸地があるのでここは湖なんだと僕は気づく。

水は、水は悲しいほどに透き通っている。

僕は湖をのぞき込む。

底には小さな街がそっくり沈められている。

驚いたことに街は少しも傷んでいない。

まるで生きていて今でも息をしているみたいだ。

目を凝らすと本当についさっきまで人が生活していたことがわかり始める。

赤信号で止まった自動車。

ベランダに干したままの洗濯物。

さっきまで子供がいた揺れるブランコ。

ジャングルジムのてっぺんで男の子が手を振っているのが見える。

去年、病気で死んだ僕の息子だ。

僕は息子が元気そうにしているのを見てほっとする。

僕は息子に「そっちは楽しいか?」と大声で訊ねる。

息子は「うん!」と元気に答える。

僕は水に潜り息子のところまで泳いでいこうと思ったが、思いとどまる。

「どうしたの? こっちに来ないの?」と息子が大声で言う。

僕は「ちょっとおうちに帰って、お母さんも連れて来るよ」と答える。

すると息子が「じゃあ、おうちのおもちゃいくつか持ってきて! こっち何にもなくて退屈で」と言う。

僕は「わかった」と言うとボートを岸に向かって漕ぎ始める。

息子が笑っている。

魔法使い養成講座

街を歩いていると「魔法使い養成講座。素人大歓迎」という看板をみつけた。

なんだか怪しそうだけど、もし魔法使いになれたら夢がかなえられると思った僕は扉をノックした。

「こんにちは。入り口の看板をみたんですけど…」

「いらっしゃい」

「あの、魔法使いになりたいんですけど…」

「では、まず最初に魔法使いになりたい動機を聞かせてもらおうかな大金持ちとか世界征服とか…」

「片思いの彼女を僕の方に振り向かせたいんです」

「なるほど。恋愛操作か。人の感情を操るのは意外と難しいぞ。頑張れるか?」

「はい。彼女を手に入れるためなら何でもします」

「よし、じゃあ今から特訓だ」

そんな風にして僕の魔法使いへの道が始まった。

最初はホウキに乗るところから始まって、空間移動や以心伝心、時間操作なんてものも出来るようになった。

人の心の中はやっぱり難しかったけど、ついに人の夢が見れるようになり、感情を操作できるようになった。

僕は魔法使いの先生にお礼を言い、彼女の夢の中に急いだ。

すると彼女は僕とは違う男性に片思いで苦しんでいることが判明した。

僕は悩んだ末に、彼女の夢からその彼の夢へと移り、彼の感情を操作して彼女を恋するように仕組んだ。

次の日曜日、ホウキに乗って空を散歩していたら彼女が彼と楽しそうに歩いているのが見えた。

僕は涙の止め方を魔法使い養成講座で教えてもらうのを忘れていたことに気づいた。

家に帰って靴をぬぐと何かヌルヌルしたものを踏みつけた。

急いで電気をつけると、足下にはべったりとした血がある。

血はキッチンの方から流れてきているらしい。

キッチンの方に急ぐと床はどす黒い血であふれている。

血はいったいどこから、と見回してみたら、冷蔵庫から流れ出している。

僕は恐る恐る冷蔵庫の扉を開けてみた。

すると冷蔵庫の中には知らない男の首があり、切り離された首のところから血がだらりと落ちている。

すると突然男が目を開き喋り始めた。

「ああ、良かった。さっきからずっと真っ暗で寒くてどうしようかと思ってたんだ。ねえ、僕の首から下、知らない?」

「えと、首から下の特徴とかは?」

「特徴は別にないんだけど、チェーンソーを持っているんだ。僕、首から下が今何をやっているかはわかってて、さっきから何人も切り殺しているみたい。あ、今はちょうど、どこかの家の扉を壊してるようだね」

背後でチェーンソーが扉を破る音が聞こえた。

ブス

クラスに女子が20人いるとしたら、そのうち2人は誰が見てもすごく可愛い子なのね。
小さい頃からずっと、大きくなっても「美人さん」って言われ続けるの。

一人はすごくデブな女の子。

あと一人はもうすごくブスなのね。

後の16人は普通の女の子。
多少個人差はあるけどお化粧とか洋服とかでそれなりに可愛く見せられるし、それを「可愛い」って感じる男子もいるの。

さっき言ったすごくデブの女の子もそう。
ダイエットを死ぬ気で頑張ればその「16人の普通の女の子の枠」に入れるの。

でもブスはどうやって努力してもブスなの。

可愛いブスっているじゃない。
あれはブスじゃないの。
可愛いブスはその「16人枠」の女の子なの。

本物のブスってわかる?

すごく醜いの。

ひどいの。

可愛い服着たり、可愛く笑ったりしたら「気持ち悪い」って男子に思われるの。

でもね、そういう醜いブスも女の子だから普通に切ない恋をするの。

席が近くになったらドキドキするし目があったら緊張するの。

ありえないのはわかってるけどデートやキスを夢見たりもするの。

でもね、こんなブスに好かれたりするとその男子も困っちゃうわけ。

気持ち悪いんだもの。

だから私は恋なんて全くしたことないフリをしてるし、これからもずっと告白なんてしないつもりなの。

でもね、私、女の子なの。

ミカとマナの夢

「私はミカ」

「私はマナ」

「私は4才と7ヶ月」

「私も4才と7ヶ月」

「私たちはすごく可愛い双子なの」

「近所の男の子たちはミンナ私たちに夢中なの」

「街を歩いていてもミンナが振り返るの」

「ね」

「ね」

「私は大きくなったら王様と結婚するの」

「私は大きくなったら大統領と結婚するの」

「そして近衛兵と禁断の恋をするの」

「私も青年将校と恋に落ちるの」

「私は近衛兵をたぶらかして王様を毒殺させるの」

「私だって青年将校を利用して大統領を撃ち殺させるの」

「ね」

「ね」

「私は近衛兵にクーデターを起こさせるの」

「私も青年将校にクーデターを起こさせるの」

「お互い軍事独裁政権になったら戦争しようね」

「戦争良いよね」

「私はあるだけ全部の原爆をマナの国に打ち込むの」

「私だってあるだけ全部の水爆をミカの国に打ち込むの」

「使わない兵器なんて不自然よね」

「使ってこその兵器だよね」

「ね」

「ね」

「世界がキノコ雲でいっぱいになってすごく綺麗なの」

「放射能が世界中に広がって、みんなが苦しんでいる間は地下のシェルターでずっと隠れているの」

「みんなが死んでしまってから地上に出てみるの」

「そして二人で深呼吸をして、ゆっくり死んでいくの」

「私たち双子は死に方も美しいの」

「ね」

「ね」

2012年3月11日日曜日

季節の変わり目駅にて

『季節の変わり目駅』で冬が何度も時計を見ながらイライラしている。

「ほんと、あいつはいつだって時間ぴったりに来たことないんだ。

俺がこのままここにずっといると困るやつらがいっぱいいるんだからな。

世間のみんなはまさか春が遅刻常習犯だなんて知らないと思うんだ。

たぶん俺が意地を張って 、いつまでも居座り続けて、可憐な春を困らせているって想像しているんだ。

言っておくけど、桜のつぼみがピンク色になってから1週間もたっているのは一番俺が気にしているんだからな。

つくしが雪の下でずっと我慢しているのも知っている。

さっきなんて北風が『もう疲れちゃったから早く家に帰らせてよ』って俺のところに文句を言いにきやがった。

あのねえ、俺のせいじゃないの。

春が遅れてるの。

あいつ、今度こそガツンと言ってやるんだ。

今度遅れたりしたら俺もう先に帰っちゃうからなって。

冬が去ってるのに春が来てない不安定な季節なんて最悪だろって」

すると春が走りながらやってきた。

「ごめんなさい。すごく待ったでしょ。

どの服にしようかな、やっぱり明るい色の方が良いかなって悩んでたらあっと言う間に約束の時間が過ぎちゃって。

怒ってる?」

「いや。そんなことないよ。

桜を困らせるのって結構楽しいんだ。

その服、春に似合ってるよ」

冬がそう答えると世界が春になった。