僕は二人乗りの小さいボートに一人で座っている。
世界は静かで、ごくたまに穏やかな風が吹くと少しだけ水面が揺れる。
あたりを見回すと360度、すべてに陸地があるのでここは湖なんだと僕は気づく。
水は、水は悲しいほどに透き通っている。
僕は湖をのぞき込む。
底には小さな街がそっくり沈められている。
驚いたことに街は少しも傷んでいない。
まるで生きていて今でも息をしているみたいだ。
目を凝らすと本当についさっきまで人が生活していたことがわかり始める。
赤信号で止まった自動車。
ベランダに干したままの洗濯物。
さっきまで子供がいた揺れるブランコ。
ジャングルジムのてっぺんで男の子が手を振っているのが見える。
去年、病気で死んだ僕の息子だ。
僕は息子が元気そうにしているのを見てほっとする。
僕は息子に「そっちは楽しいか?」と大声で訊ねる。
息子は「うん!」と元気に答える。
僕は水に潜り息子のところまで泳いでいこうと思ったが、思いとどまる。
「どうしたの? こっちに来ないの?」と息子が大声で言う。
僕は「ちょっとおうちに帰って、お母さんも連れて来るよ」と答える。
すると息子が「じゃあ、おうちのおもちゃいくつか持ってきて! こっち何にもなくて退屈で」と言う。
僕は「わかった」と言うとボートを岸に向かって漕ぎ始める。
息子が笑っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿