2012年11月17日土曜日

シーソー

「シーソーに乗ろうか」

「シーソーって私初めてなんだけど、どうなったら勝ちなの?」

「シーソーには勝ち負けなんてないよ」

「ホント?」

「うん。お互いに上がったり下がったりして楽しむだけなんだ」

「そんなので楽しいの?」

「うん」

「競争もないの?」

「うん。逆にお互いのバランスが必要なんだ」

屋上月光

彼女がビルの屋上から手を振っているのが見えた。
 
ビルは20階はあるだろうか。
 
何か落ちてきたと思ったら紙ヒコーキが舞い降りてきた。
 
彼女はもうしっかりこの電気のない世界で上手くやっていく方法を身につけている。
 
僕は紙ヒコーキを追いかけて、空中でキャッチした。
 
紙ヒコーキを開けると「今すぐ上がってきて。すごく綺麗だから」と書いてあった。
 
ビルに入ると、やはりエレベーターなんてものはない。
 
僕は階段を上がる。
 
上がる。
 
上がる。
 
屋上では彼女が笑いながら手にバレーボールくらいの大きさの月を抱えていた。
 
「この世界ってみんなにひとつづつ自分用の月がもらえるんだって。育てられるし感情もあるって。あなたのもあるわよ」と言うと夜空から月が降りてきた。
 
月は白く発光しているのだけど、ぼんやり霞がかかっているようで、そんなに眩しくない。
 
「月って熱いのかと思ってたら冷たいんだね。育てるんだったら名前とかつけた方が良いのかなあ」と僕。
 
「もちろんでしょ。私は水とか夜とかに関係した名前にしようと思ってる」と彼女。
 
「でも太陽が出てきたらどうすれば良いんだろう」
 
「朝になったら自分の海に沈むらしいわよ」
 
「自分の海って?」
 
「私もまだわからないの」
 
そして僕らは20階のビルの屋上で月の名前を考えながら朝がおとずれるのを待った。
 
 
 
 
※韓国の女の子二人組のユニット「屋上月光」にはまってしまって、ちょっと書いてみました。

魔法のクレヨン

私がまだ小さい頃、病院のベッドで寝ている母がクレヨンを見せてこう言った。
 
「もしあなたに困ったことがあったら、このクレヨンで絵を描きなさい。そしたらその絵があなたを助けてくれるから」
 
私は「じゃあ今から魔法使いの絵を描いてお母さんの病気を治してもらう」と言って絵を描き始めた。
 
しかし、その絵が完成する前に母は息を引き取ってしまった。
 
お葬式の日は一日中お花を描き続けたので、母が眠っている部屋はお花でいっぱいになった。
 
小さい頃はまさかクレヨンに限りがあるなんて気がつかなかったので、私はちょっと困ったことがあると簡単に母のクレヨンを使った。
 
遠足の日にはテルテル坊主を、学校に遅刻しそうな時は遅れた時計を、という風に私は様々な絵を描き困難を乗り越えてきた。
 
20才くらいになると大切な時だけに使おうと思ったのだけど、恋愛のことはもちろん、友人とのトラブルやバイトの悩みなんかにも母のクレヨンを使ってしまった。
 
そんなわけで結婚して娘が生まれた頃には、後もう一回描く分しかクレヨンは残っていなかった。
 
そしてまだ娘は小さいのに、私は癌にかかり、病院であとわずかな命となった。
 
私は今こそ最後のクレヨンを使うときだと思った。
 
娘が私を心配そうに見ている。
 
私は母のクレヨンで、娘のために魔法のクレヨンを描き始めた。

山の向こうの海

少年は山の向こうには海があると信じていた。
 
でも「山の向こうには何があるの?」と村の者に聞いても、誰も知らなかった。
 
村の者達は、逆にどうして少年が山の向こうのことに興味があるのか不思議がった。
 
でも少年は山の向こうには海があり、そこに船を浮かべて漕ぎ出せば遠い世界に行けると信じていた。
 
村の者達はそんな少年の影響を受ける若者が出てくるのを恐れて、少年をこっそりと殺し、土の中に埋めた。
 
少年は土の中から魂だけ抜けだし、目標だった山を越えた。
 
するとそこには自分がいた村と全く同じような村があるだけだった。
 
少年は落ち込み、自分の村と同じような村を魂だけでさまよい歩いた。
 
するとその村にもかつての自分と同じような少年がいて、同じようにあの山の向こうには海があると信じていた。
 
死んだ少年の魂はその少年に乗り移った。
 
身体の中で死んだ少年の魂は「この世界に海なんてものは存在しない」と説得した。
 
少年はあきらめ一生をその村で過ごした。
 
そして世界からまたひとつ海が消えて無くなった。
 
世界の海は残り少ない。

もしもしコレクター

いつも思うんだけど日本語の「もしもし」って、すごく可愛い。
 
あなたも今ちょっと発音してみてほしい。
 
「もしもし」
 
ほらすごく可愛いでしょ。
 
世界中の電話用語選手権でもかなり上位になれるんじゃないかと僕はにらんでいる。
 
次回のオリンピックに「電話用語種目」が正式に採用されて、「もしもし」が金メダルをとってしまったら「もしもし」の価値がすごくあがりそうだ。
 
だから僕は今のうちに、誰も気がつかないうちに、「もしもし」を集めておこうと思う。
 
僕は「もしもしコレクター」の第一人者だ。
 
僕は語る。
 
「ああ、東北のお婆ちゃんの『もしもし』も人気ですけど、やっぱり4才児の『もしもし』ですかねえ」

小さい悲しみ

さっきからアストラッドが「悲しみよ、早く去ってくれ」と歌っている。
 
リズムは楽しいサンバなのだけど、メロディはどこか物悲しい。
 
そして僕の部屋のソファにもずっと小さい悲しみがちょこんと座っていて帰ってくれない。
 
僕はさっきから「そろそろ帰った方が良いんじゃない」とか「お母さんがお家で心配してるよ」とか言ってるのだけど、小さい悲しみは全然気にしていない。
 
小さい悲しみは、僕がいれたカフェラテにたっぷりとお砂糖を入れて、さらにチョコレートをかじりながら、アストラッドと一緒に歌っている。
 
僕は小さい悲しみにちょっときつく言ってみた。
 
「あのね。君がいると部屋が暗くなるし何を考えても切ない気持ちでいっぱいになっちゃうんだ。僕の部屋をずいぶん気に入っているみたいだけど、本当に帰ってくれないかな」
 
すると小さい悲しみはぼろぼろと大粒の涙を流した。
 
それで僕は「わかったわかった。今日はいて良いよ」と言うと、また僕の心は切ない気持ちでいっぱいになった。
 
 
 
 
※小さい悲しみが一緒に歌ってたアストラッドの曲はこれです。

彼女の指輪

彼女との初デートは時間旅行だった。
 
もちろん時間旅行は結構な金額がかかるのだけど、彼女が「一度、世界が作られているところを見てみたいな」と言ってたからちょっと奮発したというわけだ。
 
でもデートは時間旅行にして大正解だった。
 
何もない乾いた土地に大量の水を流し込んで、海を生み出している時は二人で感動してつい涙が出ちゃったし、空に雲を作っている時には彼女もちょっと手伝ったりして可愛い雲をたくさん生み出した。
 
世界は夜を作る頃になってきたので、そろそろ元の世界に帰ろうかと話していると、彼女が指輪をなくしたことに気がついた。
 
「あの雲を作っているときに空に置いて来ちゃったのかなあ」と彼女は言って一度空に戻ったのだけど空はもうすっかり夜になっていて小さな指輪を探すのは到底不可能になっていた。
 
それで一応、雲を一緒に作った天使に「こんな指輪なんだけど」と言ったのだけど、ほとんどあきらめて帰ることになった。
 
帰りのタイムマシンの中で彼女から「お婆ちゃんのお婆ちゃんからずっと女の子だけに代々受け継がれてきた指輪だ」と教えてもらった。
 
そしてその後、僕らは結婚して彼女が赤ちゃんを産んだ。
 
赤ちゃんは可愛い女の子で、産婆さんが「あれ、この子、何か握ってますよ」と言った。
 
そして産婆さんが手を開かせるとそこには彼女の指輪があった。

同僚の宇宙人

僕が働いている工場の同僚は宇宙人だった。
 
見たところ僕らと全く同じで、喋り方に変な訛りがあるわけでもないし、変なお祈りをするわけでもなかった。
 
食事も僕らと同じように工場の食堂でカレーライスやコロッケ定食を食べたし、仕事の後で飲みに行っても隣のラインに入った可愛い女の子について話し合ったりした。
 
そう、僕らにとっては全く普通の隣人として付き合っていたというわけだ。
 
それでも彼は自分が宇宙人だということにコンプレックスとか誇りとかが複雑に混じりあった微妙な感情を持っていて、時々僕らとの間に見えない壁のようなものが感じられた。
 
明日から夏休み、というある日のこと。
 
僕らは工場の近くにある焼鳥屋で生ビールを飲んだ。
 
僕が彼に「帰省するの?」と聞くと、彼は寂しそうな表情で「僕の星まで帰るのに光の速さでも3万年かかるんだ。そう簡単には帰れないよ」と言った。
 
僕は「でもたまに帰りたくなったりしないの?」と聞くと、彼は「まあね」と答えた。
 
駅までの道を歩きながら、夜空を見上げて「どの辺りに君の星はあるの?」と聞いた。
 
彼は「わかるかなあ。ほら、あそこにお寺があるでしょ。そのずっと上の方なんだけど」と言って遠い夜空を指さした。
 
僕が「君の星、夏は暑い?」と聞くと、彼は「あたりまえだよ」と答えた。
 
夏の湿った風が僕らの間を吹き抜けた。