2012年2月20日月曜日

突然の雨

夜道を歩いていると突然雨が降ってきた。

これは急がなければと少し早足で歩いていると、背後から「入りませんか?」と声がした。

見ると和服を着た40歳くらいの綺麗な女性が傘を片手にこちらを見ている。

知らない女性の傘の中なんていくらなんでもと思い断ろうとしたが、濡れた彼女の瞳を見ると私は何も言えなくなり、頭を下げて傘の中に入ってしまった。

「そんなに離れていると濡れますよ」と彼女は言うと私の腕に身体を寄せてきた。

「なんか積極的なんですね」と私が言うと

「何を言ってるんですか」と言ってすねた表情を見せた。

彼女の首筋から良い香りがする。

はっと気づくと街並みは知らない 場所になっていたのだが、何故か彼女にそのことを問いただせない。

彼女は懐かしい感情にさせる小さくて暗い和風の家の前で立ち止まった。

そして彼女が鍵を出して引き戸をガラガラと開けた。

当然のように彼女は中に入り私は続いた。

あの日からもう3年も経ったがこの家から出られない。

友人や親とも連絡はとれない。

彼女は壁の中で笑っている。

彼女の大学の課題

うちの裏庭で「ドスン!」という大きな音がした。

僕は急いで見に行くと小型のUFOがあり、中からとても美しい女の子が出てきた。

彼女は服の埃を払いながら僕の方を見ると

「初めまして。私、地球人だけが持っている恋愛感情というのを調べに来たの。あなたが実験台になってくれるのよね」

と言ってとびきりの笑顔を見せた。

僕はちょっとドギマギしていると

「ふーん、これが第一印象ってやつか。

あのね、あなた達は知らないと思うけど『恋愛』って宇宙では珍しいの。

だってこんな不合理で非生産的な感情を支えに子孫を作っていたら効率悪いでしょ。

でも、課題としては面白いなあと思って。

じゃあこれから二人で恋愛を始めるわよ」

と言うと高速回しで僕がラブレターを渡すところから始まって、

動物園デートや浴衣姿の彼女と縁日にいく夏の夜のデート、

真夜中の長電話、

ちょっとしたすれ違い、

満月の下での初キス、

雨の中、彼女が僕に泣きながら抱きついてくるシーンなんかを経験した。

はっと気付くと僕はもう彼女にすっかり虜になっていた。

彼女は

「ふーん、なんとなくわかったわ。協力ありがとう」

というとUFOに乗り込み宇宙へと帰っていった。

取り残された僕には大きな大きな「片思い」だけが残った。

ある女の子の悲しい話

「ねえ、私のこと本当に好き? 

じゃあ今から悲しい話をするけど良い?

ちょっと覚悟してね。

私ね、小さい頃からお兄ちゃんにずっと性的なイタズラをされてたの。

それでね、中学の時にさすがにこれはまずいと思ったからお父さんとお母さんに相談したの。

そしたらね、お父さんも私にセックスを強要し始めたの。

でね、その頃学校に好きな男の子がいたの。

私、初めての恋でその男の子にベタ惚れだったの。

で、その男の子が私の体を求めてきたから許したのね。

そしたら中学2年生なのに処女じゃなかったから、彼すごく怒って、みんなに私のことを『やりまん』だって言いふらしたの。

それからは私と付き合いたい男の子はみんな私の体が目的で。

でも、お兄ちゃんやお父さんとやるくらいならってその男の子達にも許しちゃって。

友達も先生もみんな私が悪いんだって言うの。

ねえ、あなたも私とセックスがしたいんでしょ。

例えばね、今まで言った話、全部ウソでしたって言うじゃない。

でもね、それがウソでもホントでもあなたの目の前の私は同じだと思わない?

同じでしょ? 

でも違うんだよね。

誰とでもセックスしてきた女は汚れてるんだよね。

でもね、みんなが私とセックスしたいって言うの。

あなたもしたいんだよね。

悲しい話、終わり。

ねえ、私のこと本当に好き?」

父の失踪

真夜中の2時半に目を覚まし、出かける支度を始めた。

リビングには娘の大学の課題の油絵がたてかけてある。

冷蔵庫を開けると妻が明日のパーティ用に下ごしらえをした料理がある。

冷えた水を飲んでいると猫が起きてきて、私の足を舐めた。

大丈夫だ。何にも問題はない。

25年前の今日、ちょうど今の私と同い年の父が真夜中に「海に行ってくる」とメモを残し失踪した。

私も同じように「海に行ってくる」とメモを残し、家を出た。

あの時の父と同じ行動を繰り返すことで、父の気持ちが理解できるかもしれない、と私は考えた。

自転車に乗り、坂道を滑走した。

秋の夜の風が頬に冷たい。

私はジャケットを着てくれば良かったなと一瞬思うがそのまま海へと自転車をとばした。

砂浜まで来ると自転車をとめ、その脇に座った。

冷たそうな三日月が暗い海の上に浮かんでいる。

波の音を聞きながら、消えた父のことを思い出してみた。

なんの特徴もない普通のサラリーマンだった父が何故真夜中に海から消えたのだろう。

すると黒くて大きな蝶が海の方からこちらに向かってとんでくるのが見えた。

この辺りでは見たことのない南方系の蝶だ。

まさか太平洋を渡って、今たどり着いたところなのだろうか。

蝶は私のそばに来て砂の上で羽を休めた。

漆黒のハネが月明かりに照らされギラリと光った。

私は持ってきたミネラルウオーターを蝶の前に垂らすと、蝶はそれを飲み始めた。

しばらくすると蝶はゆっくりと羽ばたき始め、ふわりと浮かび上がった。

そして蝶は驚いたことにまた夜の海の方へと戻り始めた。

その時、私は父が失踪した理由がわかった。

父はこの蝶を追いかけたのだ。

レモンの親子

電車の扉が開くと、レモンの爽やかな香りが車内に広がった。

見るとやっぱりレモンの親子だ。

お母さんは40才くらい、娘さんはまだ4才くらいだろうか。

肌のきめ細かい感じとかヘタの形がよく似ている。

お揃いの緑のワンピースがとても素敵だ。

二人は向かい側に座ったので黄色い香りが 僕の鼻をくすぐった。

僕はレモンのあの味を想像してみたら口の中に唾液があふれた。

女の子がさっきから僕の方をチラチラと見ている。

僕はお母さんが見ていないのを確認して、とっておきの「変な顔」を女の子に見せた。

女の子が嬉しそうに笑うと、お母さんが「静かに」と言った。

僕が口に人差し指をあてて 「シーッ!」とやってウインクをしたら、女の子も同じように「シーッ!」とやってウインクをした。

でも女の子はまだ小さいからウインクが上手くできなくて両目をつぶってしまった。

電車が次の駅につくと、レモンの親子は立ち上がり電車を降りた。

レモンの香りは僕のまわりに残った。

夏が終わる。

2012年2月6日月曜日

世界を始める

目を覚ますと僕のベッドのそばに彼女が立っていた。

「いつまで寝ているつもり?早く起きて。今から世界を始めに行くわよ」と彼女は言った。

「え?世界ってまだ始まっていないの?」

「何言ってんの。こんな状態で世界が始まっているように見える?世界は私とあなたが二人で始めるんでしょ」

どんな理不尽なことでも大真面目に断言する女の子に口答えをしてはならない、というのが僕の座右の銘なので、僕はベッドからはね起き、彼女と外に出た。

「さてと、どうやったら世界は始まるんだっけ。ボタンを押すのかな…」と僕が言うと

「何ふざけたこと言ってるの。とりあえず私が世界の錆び付いた ところに油をさすから、あなたはそこを磨いてくれる?」と彼女は言った。

僕らは世界の錆び付いた箇所をすべて新品同様のピカピカにすると、大きいハンドルを回し始めた。

ハンドルがギシギシと音をたてている。

二人で「せえの!」と声をかけ、全体重をのせた。

すると、ゴトゴトと静かな音を響かせながら世界が 回りはじめた。

彼女が僕の方を見て、あのとびきり可愛い笑顔で
「やっと世界が始まったわね」と言った。

あの時からもう随分と時は過ぎたけど、今でも真夜中の静かな時なんかに耳をすましてみることがある。

するとやっぱりどこかから世界が回る音がかすかに聞こえてくる。

世界は回っている。

僕の結婚式

あ、うん。

たった今、僕の結婚式が終わったところ。

奥さんは今ちょっと近くにいないんだ。

うん、たぶんもう少ししたら帰ってくると思うんだけど。

そう、まあ奥さんの希望で中々派手な結婚式でね。

彼女は普通のOLさんなんだけどね。

社会人映画サークルみたいなので知り合って、お互い60年代のハリウッド映画が好きだっていうので盛り上がって。

映画に行ったり食事に行ったりして、まあ結婚することになったんだけど。

普通だよね。

よくある話だよね。

だったらどうして…

僕ってルックスそう悪くないよね。

実は収入もこの年齢にしては結構良いほうなんだ。

まあ聞いてよ。

彼女の望み通りの教会で式を挙げてたんだ。

指輪交換の時、教会の扉が「ドンドンドン!」ってノックされて、若い男がすごい勢いで飛び込んできたんだよね。

そしたら僕の奥さんが僕の手を振り払って、その若い男の方へと走り出したわけ。

そして二人は手を取り合って教会の外へと飛び出したんだ…

不思議だったのは奥さんの友達とか僕の友達とかがみんな立ち上がって拍手したんだよね。

そう、前からみんなその若い男のことを知ってたみたいなんだ。

そんなこと知らなかったのは僕だけだったんだ。

あ、奥さんは今ちょっと近くにいないんだ。

たぶんもう少ししたら帰ってくると思うんだけど…

ページをめくると

ページをめくると物語が始まる。 

針をおくとメロディが流れる。

コルクを抜くと饒舌と悲しみが生まれる。

手紙を書くと終わりが始まる。

夜空を見上げるともう一人の自分を思い出す。

朝が来ると魔法が消える。

時計を見るとお別れが近づく。

窓を閉めると声が届かない。

扉を開けると全てが変わる。

君が泣くと世界が悲しむ。

君が笑うと未来が始まる。

夏コレクター

実は最近、夏を集め始めた。

小さい頃の海水浴の浮き輪を膨らませた夏とか、8月31日のまだ宿題が終わっていない夏とか、初めて交換日記をした夏とか、まあそんな感じだ。

でも、もちろんこんな昔の思い出の夏だけでは「世界一の夏コレクター」になれないのは僕だって知っている。

だから最近はリオ・デ・ジャネイロの夏とか、1945年の日本の夏とかといった、海外ものや歴史ものなんかにも手を出し始めている。

あ、そうだ。

君の夏をくれないかな。

そしたらコレクションがぐっと輝くんだ。

もしくれたら、僕が好きな夏を全部集めてギュッと小さくして夏のペンダントにしてプレゼントするよ。

太った双子

真夜中に目が覚めたのでキッチンに水を飲みに行くと二頭身の太った双子がいた。

双子のうち一人は口から昨日の世界を飲み込んでいて、もう一人の方は明日の世界を吐き出していた。

僕が驚いて眺めていたら、双子が僕に気がついて
「マズイなあ」とユニゾンでつぶやいた。

「あの、今、何をしてたんですか?」

「見た通りさ。昨日の世界を飲み込んで、明日の世界を吐き出してたんだ」

「あの、えと、世界ってそんなシステムだったんですか?」

「当然だろ。誰かが古い世界を飲み込んで、新しい世界を吐き出さないと、ずっと『同じ今』が続いてしまうぞ」

「ということは、あなた達は神様なんですね」

「神様か。発想が貧しいな。あのね、俺たちは古い世界を消して、新しい世界を描いているだけなの」

「ということはあなた達がこの世界を変えているんですね」

「ちょっと違うけど、まあそれでいいや」

「例えば僕が『大金持ちになりたい』と言えば可能なんでしょうか?」

「なんだ。そういうことか。じゃあその『大金持ち』とやらを願ってみな」

「はい。願ってみました。…あれ、まだ大金持ちじゃないですよ」

「それはおまえの願いが本物じゃないからだ。俺たちは『世界の意志』を受け止めてそれを描いてるんだ。世界の意志は歴史の必然や運命、俗に言う奇跡、あるいは誰かが真剣に祈る気持ち、そんなのが複雑にからみあってるんだ。で、おまえの願いは本物じゃないから俺たちのところまで届かない。ま、不採用ってやつだな」

「ということは、本気でお願いすればいつか願いは叶うってことですね」

「おまえ単純で良いヤツだな。気に入った。おまえの願い気にしとくよ」と言うと双子は消えた。

三日月の夜

三日月をぼんやり見ていると月のウサギから電話があり
「退屈ならこっちにおいでよ。いっしょに泳ごうよ」と僕を誘った。

僕は10年ローンで買った宇宙船に乗り込むと月へと急いだ。

月に近づくと「月の川」の川岸でウサギが手を振っている。

宇宙船を降りると僕は上着を脱ぎ、ウサギは大切な懐中時計を足下に置き、川に飛び込んだ。
「ザブン」

僕らは大きい声で「ムーン・リヴァー」を歌いながら川を下った。

水の色が変わり、腰から下あたりが冷たくなってくるとウサギが
「『静かの海』だよ」と言った。

僕が
「確か『静かの海』ってアポロが到着した所だよね」と言うと、
ウサギは怪訝そうな顔で
「アポロってなんだ?」と言った。

「静かの海」は今までいた川よりも浮力があり、手を使わなくても浮いていられる。

「『静かの海』には地球上のたくさんの悲しい思い出や楽しい思い出が流れ込んで来ているんだ。だからそんなみんなの思い出のおかげで僕らは少しだけ世界から押し上げられる」

海から月の夜空を見上げるとたくさんの星が瞬いている。

ウサギが
「彼女にさ、星を集めてそれで花束を作ってプレゼントしてあげなよ。きっと喜ぶと思うよ」と言った。

ウサギは月の夜空にフワリと浮かび上がると僕の手を引いた。

そしてどこからかサンタクロースがもっているような袋を持ってきて 夜空へと羽ばたいた。

僕とウサギは夜空を舞う鳥になり、星を片っ端からかき集め、袋に詰め込んだ。

星が少なくなると夜空はどんどんと暗くなっていく。

僕が心配そうにしているとウサギが「大丈夫」と言ってウインクをした。

そして最後の星を袋に入れると世界は突然、真っ暗になった。

満月の夜

満月の夜、10年ローンで買った小型宇宙船に乗って彼女の家に急いだ。

扉をノックすると彼女は20センチだけ開けて
「何?」と言った。

「今日は満月だから月までいっしょに行こうかなと思って」

「私そういう夢の話って、興味ないの」

「あのね、月にはウサギがいてオモチを作ってくれるみたいだよ」

「もう子供だましみたいな話やめてくれる?」

「え? 僕は本気だよ。二人でウサギさんの餅つきを手伝おうよ。ほら、ラジカセも持ってきてるんだ。月に着いたら川べりに行って二人で『ムーン・リヴァー』を聴こうと思って」

「それがロマンティックだと思ってるの? 私そういうの大嫌い」
そう言うと彼女は扉を「バタン」と閉めた。

僕は一人で月に行き、ウサギが作ってくれたオモチを食べながらラジカセで『ムーン・リヴァー』を聴いた。

ウサギが僕の隣に座り
「いつか彼女もわかってくれるよ」と言ってくれた。

暗い夜空に浮かぶ青い地球がとても美しいので、僕は地球を抱きしめた