真夜中の2時半に目を覚まし、出かける支度を始めた。
リビングには娘の大学の課題の油絵がたてかけてある。
冷蔵庫を開けると妻が明日のパーティ用に下ごしらえをした料理がある。
冷えた水を飲んでいると猫が起きてきて、私の足を舐めた。
大丈夫だ。何にも問題はない。
25年前の今日、ちょうど今の私と同い年の父が真夜中に「海に行ってくる」とメモを残し失踪した。
私も同じように「海に行ってくる」とメモを残し、家を出た。
あの時の父と同じ行動を繰り返すことで、父の気持ちが理解できるかもしれない、と私は考えた。
自転車に乗り、坂道を滑走した。
秋の夜の風が頬に冷たい。
私はジャケットを着てくれば良かったなと一瞬思うがそのまま海へと自転車をとばした。
砂浜まで来ると自転車をとめ、その脇に座った。
冷たそうな三日月が暗い海の上に浮かんでいる。
波の音を聞きながら、消えた父のことを思い出してみた。
なんの特徴もない普通のサラリーマンだった父が何故真夜中に海から消えたのだろう。
すると黒くて大きな蝶が海の方からこちらに向かってとんでくるのが見えた。
この辺りでは見たことのない南方系の蝶だ。
まさか太平洋を渡って、今たどり着いたところなのだろうか。
蝶は私のそばに来て砂の上で羽を休めた。
漆黒のハネが月明かりに照らされギラリと光った。
私は持ってきたミネラルウオーターを蝶の前に垂らすと、蝶はそれを飲み始めた。
しばらくすると蝶はゆっくりと羽ばたき始め、ふわりと浮かび上がった。
そして蝶は驚いたことにまた夜の海の方へと戻り始めた。
その時、私は父が失踪した理由がわかった。
父はこの蝶を追いかけたのだ。
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