その海賊はとても強かった。
世界中の荒くれの船乗りたちもその海賊に出会うのだけは恐れた。
その海賊は人を殺すことになんの苦しみも感じていなかった。コックが料理を作るのが仕事のように、詩人が新しい言葉を探し出すのが仕事のように、彼は目の前の罪のない人間を黙々と毎日殺し続けた。
そして、彼はある日生まれて初めての恋をした。
恋をした場所は港でもなければ故郷でもない、今、海賊たちが襲っている船の上のある一室の中のことだった。
大金や宝石を持っていそうな一等室から順番に扉をこじ開けるのが海賊たちの流儀だったが、その恋した女性も一等室の中にいた。
海賊が部屋に押し入ったとき、彼女は驚いたことにウエディングドレスを着ていた。
海賊は自己紹介もせずに「結婚するのか?」と彼女に訊ねた。
彼女は毅然とした態度で「はい。この海の向こうの新大陸で私を待っている男がおります。あなたは海賊ですか?私はあなたにお渡しできるような物は何も持っておりません」と答えた。
海賊は自分の恋心をどういう風に伝えたらいいのかわからなかったので、とりあえずこんな質問をした。
「その結婚する相手はどんな男なんだ?」
「新大陸で花屋を営んでおります」
「花屋か。その花屋でバラを買って、おまえにプレゼントしても良いか?」
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