2012年4月30日月曜日

真夜中の踊り

真夜中にリビングの方で何か気配がした。

僕はベッドから抜け出し「誰かいるの?」と言いながらリビングの電気をつけた。

誰もいない。

次の日も真夜中にリビングの方で何か気配を感じた。

今度は息を殺して、声も出さずに電気もつけずに暗闇のリビングに近づく。

何だろう。

テーブルの上で何かが動いている。

僕は目を凝らして動いている物が何なのか確かめた。

小人だ。

小人が5人で踊っているんだ。

よく見ると踊っているのは2人。

他の3人は楽器を持って演奏している。

踊りはどうやら何かの物語を表現しているようだ。

彼ら小人はかつては違う世界でいたのだが、その世界がとてもイヤになってしまって、この小人の世界へと導かれるように入ってしまった、という物語だということがわかってくる。

物語はどんどん進んでいく。

「前の世界は仮の世界だった。

こちらの世界は踊り歌い愛し合い、こんなに素晴らしい世界はない。

さあ、あなたも早くこちらの世界にいらっしゃい」

僕は誘われるまま、その踊りの輪の中に入っていく。

誰も驚かない。

僕を踊りの輪の中に入れてくれる。

「物語がまた新しく始まる」とギターを持った人が歌う。

僕は挨拶をして自分の踊りをみんなに見せる。

すると「誰かいるの?」と言って電気がついた。

僕も小人達といっしょに逃げた。

おばあさんの織物

おばあさんは毎日毎日、機を織りました。

おばあさんが織る織物は美しいことで有名だったので、都では大変人気でたくさんの女性が「私がお嫁に行くときはあのおばあさんの織物で花嫁衣装を作りたい」と望みました。

おばあさんはそんな気持ちに答えるために毎日、美しい花嫁を想像しながら織りました。

おばあさんはこの歳までずっと独身でした。

しかし、昔一度だけ大きな恋愛をしたことがありました。

相手は若くて立派なお侍さんでした。

まだおばあさんが娘だった頃、機を織っているところに、そのお侍さんはやってきました。

お侍さんは自分がこれから結婚する相手の花嫁衣装のためにおばあさんの織物を注文しに来たのでした。

しかし二人は顔を合わせた瞬間に「この人が運命の人だ」と気づきました。

でも当時はお侍さんと機織り娘が結婚するなんてありえないことでした。

二人は心の中では恋の炎が燃え上がっていましたが、何にも気づいていないふりをしなければなりませんでした。

まだ若い頃のおばあさんは、お侍さんに結婚するお嬢様はどんな方なのか詳しく質問しました。

お侍さんも思いつくままに彼女の説明をしました。

彼女の背格好。

彼女の口癖。

彼女の笑い方。

そして彼女がどれだけおばあさんの織物が好きなのかということも。

そして若い頃のおばあさんは、そのお侍さんの美しい花嫁を思い浮かべながら機を織りました。

私の織った織物だとすごく幸せになれるんだから、と思いながら機を織りました。

ピアノの音

ホールの隅っこの方でピアノの音が鳴り始めた。

1930年代に流行ったセンチメンタルなメロディだ。

彼女が俺の隣でこう言った。

「あら、懐かしい曲ね。あのピアニストはどうしてこんな曲を知っているのかしら」

俺は「さあ。どうしてだろう」と答えると、バーテンダーに新しいマティーニを注文した。

こちらの世界で美味しいマティーニに出会うのは嘘をついたことのない詐欺師に出会うくらい困難だ。

この前にこの店に来たのはもう30年も前なのに、バーテンダーは俺がジンはビーフィーターをヴェルモットはノイリー・プラットを好むことを覚えてくれている。

俺はバーテンダーに「あの曲は以前から演奏されてたかな?」と訊ねた。

「いえ、この曲は先週いらっしゃったお客様から頂いた楽譜を見て演奏しているんです。お好きな曲なんですか?」とバーテンダーは答える。

俺は「いや、ちょっと思い当たることがあってね」とあいまいに答えた。

彼女が俺の方を見て「やっぱりね」という表情をした。

「その男はスコッチ&ソーダに少しビターズをたらしてって注文しただろ」

「ええ、その通りです。ここで40年間お酒を作ってきてそんな注文は初めてだったのでびっくりいたしました」

俺と彼女は内ポケットの中の銃に弾がこめられているのを確認した。

この世界でもまた戦いが始まるなんて…

糸電話

彼女が紙コップのようなものを差し出した。

僕が不思議そうな表情をすると、「これ、耳に当ててみて」と言った。

「こう?」と僕がそれを耳に当てると「そう」と彼女は答えて微笑んだ。

「ほら、これ」と彼女は同じような紙コップを見せて遠くに走っていった。

そうか、これは糸電話なんだと僕は気づいた。

彼女はもう見えない。

かなり遠くまで行ったようだ。

僕は耳に紙コップを当てたまま彼女の一言目を待っている。

何も聞こえない。

いや、正確に言うと彼女が走っている靴の音と彼女の「ハッハッ」という息が聞こえてくる。

僕はちょっと不安になってくるけど、しばらく耳に当てたまま待ってみる。

彼女が突然立ち止まる音が聞こえる。

そして紙コップから「ねえ、魔法って信じる?」という声が聞こえる。

僕は紙コップを口に当てて答える。

「いや、そういうのはあんまり…」

「そう答えるってわかってた。

いつもあなたはそうだもん。

でも、不思議じゃない。

糸がないのに私たち話が出来ているの」

「ほんとだ。あ、これ新種の携帯電話?」

「なるほど、そんなリアクションかあ。残念」

「残念?」

「私、あなたに恋の魔法をかけたの。

で、今日がその魔法が消える日なの。

私たち、魔法なんてなくても上手くいくと思ってたんだけどなあ」

「え、どういうこと?」

「ごめん、もう遠くまで来ちゃった」

運命の庭

非常ベルの音で目が覚める。

もう今月になって5回目だ。

僕はコートをはおって外に出る。

近所の人たちが何人か出てきているので、僕も近づいて話を聞いてみる。

「今日は誰ですか?」

「今日は角の床屋さんみたいですね」と近所の喫茶店のマスターが答えてくれる。

「消えた人たちはいったいどこに行ってるんでしょうね?」とマスターが言う。

僕は「ええ。不思議ですね…」と無難な返事をする。

しかし僕は消えた人達がいったいどこに行ったのか知っている。

運命の庭だ。

運命の庭のことは、半年前に消えた彼女から届いた言葉で知った。

彼女が突然消えた日から僕は狂ったように彼女を探し回った。

その頃はまだこの現象は普通ではなかったから、ほとんどの人が僕を相手にしてくれなかった。

しかし僕は彼女がどこかにいるはずだ、と信じていた。

いろんな手をつくしたが彼女は結局見つからず、最後に僕は彼女にただただ気持ちを送ることだけを念じてみた。

すると先月の中頃に彼女から小さい言葉が届き始めた。

「今、私たちは運命の庭にいる。

ここには多くの運命があり、私たちはそれを選び夜に投げている。

世界は消えかかっていたけど、今は少しだけ息を吹き返してきたところ。

そう私たちは世界を取り返しているの。

運命をつかみとっているの。

あなたは今は意識を開けて待っていて」

夜の東京

夜の東京が好きだ。

みんなが着飾った華やかなお店に行って、知り合いを見つけて軽くシャンパーニュなんかを飲むのも夜の東京の魅力だけど、僕らは騒がしい場所からは早々と退散する。

代々木上原の辺りから代々木公園の中を通り抜けるのも良いし、一本入った遊歩道をぼんやりと歩くのも素敵だ。

季節は秋から冬にかけての少し寒くなり始めた頃。

君は薄めのコートをはおっていて、僕は厚めのジャケットにマフラーをしている。

夜空には少しかけた丸い月があり、たまにその月と目が合う。

並木橋の方も好きだけど、246を越えるのがイヤだから僕らは表参道の方に歩く。

夜の表参道はほとんど人が歩いていない。

僕らは坂を上がったり下がったりして「東京って坂だらけだね」なんて話をする。

コンビニに入るとミュージシャンを目指している金髪の店員が退屈そうにしていて、僕らは温かい飲み物を買う。

キャット・ストリートのあたりに行って座ろうかなと思うけど僕はとにかく明治通りが好きなので、明治通りを北上する。

君は明治通りをずっと歩いた事なんてないから「あ、ここで伊勢丹が出てくるんだ」とか「なんか街がスパイシーと思ったら大久保」とかって結構楽しんでくれる。

目白の辺りにまで来るとなんだか寂しくなってきて、僕らは手をつなぎ夜空へと引き返す。