2012年4月30日月曜日

糸電話

彼女が紙コップのようなものを差し出した。

僕が不思議そうな表情をすると、「これ、耳に当ててみて」と言った。

「こう?」と僕がそれを耳に当てると「そう」と彼女は答えて微笑んだ。

「ほら、これ」と彼女は同じような紙コップを見せて遠くに走っていった。

そうか、これは糸電話なんだと僕は気づいた。

彼女はもう見えない。

かなり遠くまで行ったようだ。

僕は耳に紙コップを当てたまま彼女の一言目を待っている。

何も聞こえない。

いや、正確に言うと彼女が走っている靴の音と彼女の「ハッハッ」という息が聞こえてくる。

僕はちょっと不安になってくるけど、しばらく耳に当てたまま待ってみる。

彼女が突然立ち止まる音が聞こえる。

そして紙コップから「ねえ、魔法って信じる?」という声が聞こえる。

僕は紙コップを口に当てて答える。

「いや、そういうのはあんまり…」

「そう答えるってわかってた。

いつもあなたはそうだもん。

でも、不思議じゃない。

糸がないのに私たち話が出来ているの」

「ほんとだ。あ、これ新種の携帯電話?」

「なるほど、そんなリアクションかあ。残念」

「残念?」

「私、あなたに恋の魔法をかけたの。

で、今日がその魔法が消える日なの。

私たち、魔法なんてなくても上手くいくと思ってたんだけどなあ」

「え、どういうこと?」

「ごめん、もう遠くまで来ちゃった」

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