彼女が紙コップのようなものを差し出した。
僕が不思議そうな表情をすると、「これ、耳に当ててみて」と言った。
「こう?」と僕がそれを耳に当てると「そう」と彼女は答えて微笑んだ。
「ほら、これ」と彼女は同じような紙コップを見せて遠くに走っていった。
そうか、これは糸電話なんだと僕は気づいた。
彼女はもう見えない。
かなり遠くまで行ったようだ。
僕は耳に紙コップを当てたまま彼女の一言目を待っている。
何も聞こえない。
いや、正確に言うと彼女が走っている靴の音と彼女の「ハッハッ」という息が聞こえてくる。
僕はちょっと不安になってくるけど、しばらく耳に当てたまま待ってみる。
彼女が突然立ち止まる音が聞こえる。
そして紙コップから「ねえ、魔法って信じる?」という声が聞こえる。
僕は紙コップを口に当てて答える。
「いや、そういうのはあんまり…」
「そう答えるってわかってた。
いつもあなたはそうだもん。
でも、不思議じゃない。
糸がないのに私たち話が出来ているの」
「ほんとだ。あ、これ新種の携帯電話?」
「なるほど、そんなリアクションかあ。残念」
「残念?」
「私、あなたに恋の魔法をかけたの。
で、今日がその魔法が消える日なの。
私たち、魔法なんてなくても上手くいくと思ってたんだけどなあ」
「え、どういうこと?」
「ごめん、もう遠くまで来ちゃった」
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