「レモネードの話は書けたの? ほら、夏が終わるまでにすごく良いレモネードの話を書きたいって言ってたじゃない」
「いくつかアイディアだけはあるんだけど、どれもイマヒトツなんだよね」
「例えば?」
「若い男性が海岸通りでレモネードスタンドを始めたんだけど、全然お客さんが来なくて、自分にお店なんて向いてないのかな、なんて考えてたら、ちょっと不思議な感じのおじさんがやって来て、レモネードの思い出の話をするっての」
「なるほど。そのおじさんの話で彼はちょっと変わるんだ。他には?」
「15才の頃からずっと55年間、レモネード工場で働き続けてきた70才のおじいさんがいて、今日が退職の日なんだけど、若い同僚たちはデートとか色々用事があって、先に帰っちゃうんだ。それでがらんと静かな工場でひとりぼんやりしているとレモンの妖精が出てくるって話」
「うーん、ありがちね。まだある?」
「真夜中にキッチンの方に明かりがついてるから、どうしたんだろうと思って行ってみると、君が泣いてて。どうしたのって聞いても教えてくれなくて、それで二人でレモネードを作るって話」
「レモネードが何かの象徴ってわけね」
「どれもイマヒトツでしょ」
「うん。なんだかどれもどこかで聞いたような話ね。オリジナリティにかけるかな。私だったら物語はやめて詩にするかな。こんな感じで」
※
夏が終わるまでに、誰も聞いたことのないようなレモネードの話を書こう
登場人物が最初から最後までずっとレモンを絞ってるんだ
それでその世界は夜も音楽も恋も、全部レモンの香りに包まれている
海岸通りも、疲れたおじいさんも、君の涙も全部レモンで出来ている
その世界にたっぶりと蜂蜜をかけて、誰も飲んだことのないような美味しいレモネードの話をつくろう
言葉と言葉の間からレモンの香りが沸き立ってくるようなレモネードの話
そしてそのレモネードの話で、夏が終わるのなんて止めてしまうんだ
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