近所のパン屋さん『ブロッサム』に閉店という紙が貼ってあった。
ブロッサムはバゲットとクロワッサンとパン・オ・ショコラとアンパンだけしか扱っていないパン屋さんで彼女の大のお気に入りだった。
春になると窪みのところに桜の花びらが埋め込まれたアンパンが登場して、彼女は春が近づくと「ブロッサムのアンパン、桜になったかなあ」と毎日確認のために通いつめた。
ブロッサムは奥で50代半ばの男性が黙々とパンを焼いていて、レジのところに30歳前後のいつも寂しそうな目をした女性が立っていた。
レジの後ろにはレコード棚とターンテーブルがあり、女性がレコードをかけていた。
そしてかかるレコードはブロッサム・ディアリーだけだった。
彼女がアンパンを食べながら「あの二人って夫婦なのかなあ」とよくつぶやいた。
「今度聞いてみれば良いじゃない」と僕が言うと「聞いてみたいんだけど、違ったらどうしようと思うとなんか聞けなくて」と答えた。
一度だけ郊外の動物園でブロッサムの二人を見かけたことがあった。
二人の真ん中には5歳くらいの男の子がいて3人で手をつなぎ笑いながらシロクマを眺めていた。
彼女が「あ!」と指をさし、僕はうなずいた。
あの日から5年が過ぎて彼女も結婚してしまった。
明日、彼女に電話をしてブロッサムが閉店したことを教えようと思った。
P.S.もしご興味のある方はブロッサム・ディアリーの曲をどうぞ。
→http://www.youtube.com/watch?v=LQfvIIdcUD0
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