プールサイドのデッキチェアに寝転がってSF小説を読んでいると、隣のデッキチェアに黒髪ボブの東洋系の女性が座った。
僕は彼女が持っている本をちらりと見た。
日本語だ。
彼女は日本人なんだ。
僕は8年ぶりの日本語を使ってみたいなと思うのだけど、話しかけるところを想像してみた。
「日本の方ですか? 旅行中ですか? はい。私は学生時代、東京で勉強していました。杉並にすんでいました。ご存知ですか?」
退屈な会話だ。
それで僕は自分が読んでいる小説に戻ろうと思ったのだけど、「あれ、待てよ」と気がついた。
彼女が手にして読んでいる本、もしかして今、僕が読んでいる本の日本語訳本じゃないだろうか。
やっぱりそうだ。
彼女、いったいどのあたりまで読んでいるのだろう。
ワオ。僕と全く同じところだ。
そして僕は改めて視線を自分の手元に向け、小説の物語の方に戻った。
主人公は時間の海の中を漂っている。
そう。彼はタイムトラベル中なんだ。
するとその時間の海に突然嵐が起こる。
暗い空にさらに黒い雲があらわれ、時間を刻む雨が降り始め、主人公が漂っている時間の海はまるで正気を失った野獣のように荒れ始める。
そして主人公は時間の波の中に飲み込まれてしまう。
そこに突然、美しい女性が突然現れ主人公を助ける。
主人公は助けてくれた美女に向かって「君は誰?」と訊ねる。
すると彼女は「もし次の世界で出会えたらシャンパーニュでもおごってよ。その時に自己紹介するわ」と言って時間の闇の中に消えてしまう。
そこで僕は本から顔を上げウエイターを呼びシャンパーニュを用意させる。
ウエイターはジリジリと焦げ付く太陽の下で、シャンパーニュのコルクをゆっくりと抜く。
僕はグラスをもうひとつ用意させ、ウエイターにこっそりと耳打ちし、そのシャンパーニュを隣の黒髪ボブの日本人女性にも渡してもらう。
その日本人女性が「え?」という顔で僕を見た。
僕は「前の世界では助けてくれてありがとう。ところで約束の君の名前をそろそろ教えてくれるかな」と声をかけた。
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